ビールの話 その壱
なんたってビールが好き。これは私に限らない。およその国ではビールが一番飲まれている。フランスやイタリアはともかく、ベルギーやドイツはビールを良く飲む。東南アジアもビールだ。アメリカにはマイクロブリューワーが沢山あり地場のビールが楽しめる。最高だ。
なんてたってあの喉越がいい。一番のどを癒してくれる。アルコール度も適正だ。がぶがぶ飲んでもすぐには酔っ払わない。これがいい。冷たいのもいい。寒い日のぬるいビールもいい。”とりびー”という言葉は非常に的を得ている。ビールを発明した人にノーベル賞を!というCMがあったが、ノーベル賞では失礼だろう。ビールはいい。
いつからビールも飲みだしただろう? よくわからない。意識的に酒を飲むようになったのは高校のときからだ。金がないから甲類の焼酎をマイライムやファンタで割って飲んでいた。ちょっと金があるとQsやレッド、ホワイトだった。ビールは... 飲んでいない。スキー部に入って乾杯はいつもビールだった。しかし、つぶされるのだから防衛本能が働いて,なるべく飲まないようにしていた。
上級生になってやっとゆっくり飲めるようになった。ビールを楽しむようになった。2年か3年の芋煮のとき、2つ上の鈴木さんがビールはスーパードライにするように命じていた。その時鈴木さんは、このビールは今までと全く違い喉越しが最高だと力説していた。それまで、ブラインドテイスティングで、一番絞り、ラガー、なんとモルトまでほとんどの人は区別出来なかった。果たしてスーパードライは他のものと全く違った。そう味じゃなく喉越しが違った。当時としてはアルコール度が高かった。しかし、飲みやすい。いくら飲んでも飲めた。そんなビールに感動したことを覚えている。その後のドライ戦争はすごかったが、生き残ったのはアサヒだけだった。ドライ同士の差はそんなになかったような記憶があるから、企業としての戦略が今の地位を築いたのだろう。
当時美味しんぼで山岡が、ドライはビール本来の味がしない、スプーンをなめたような味がすると言っていた。うちの姉貴はこれを受け売りして、モルトが一番と通ぶっていたが、この間あったらスーパードライが良いと言っていた。人の舌というのは他の感覚に侵害されやすいので、本当の味より色合いだとか香りだとの方が強い印象を与えるようだ。最も本当の味というのも僕は信用しない。
酒も食事も嗜好品。全ての人が違う感覚をもっているのだから、これはまずいなんてすぐ口走る人間は信用できない。辺見庸の”もの食うひとびと”の中で、紛争当事国同士が食事をし合えば平和になるはずだと言っていたがそうは思わない。新たな紛争をもたらしかねない。それくらい舌は人それぞれだ。
だけど、ビールはいい。圧倒的多数派だ。誰もが一息つける。そんな魔法の酒に今日も感謝。
菊水 五郎八
大学院の学生だったとき、仙台電子という専門学校でバイトしていた。かなりいい給料をもらっていた。そういえばこの間札幌のPCカンファレンスに参加したら、その時の常勤講師の伊藤あづさ先生にばったし会ってしまった。今は福祉大の先生になっていた。驚き。
そのバイト代の大部分は酒に消えた。消えた先の一つが今も良く行く”酔”という店だ。この店のファンは多く研究室の先輩は私より常連になってしまった。現足利工大の長尾さんは結婚式に親方をよんでいたほどだ。開店3ヶ月後に行ったのは私が最初なのを時々店長や親方が忘れて悲しい。
ここでは、いつも良い酒を飲ませてくれる。東北のおおよその酒がある。それも良い酒が。そういえば初めてさんまの刺身を食べたのもこの店だ。最近は出さないようなので少し残念。
菊水の五郎八をこの店で飲んだ。にごり酒だ。やや甘くやや発泡している。非常に飲みやすい。これに似た酒をつい最近飲んだ。韓国のマッコリだ。これも米から作った濁り酒。もっと発泡していたと思う。学生の朝岡君も随分気にいったみたいで、お土産に買うという。僕も同意見だった。しかし、ホジュン(東北大の後輩だけど同輩みたいに仲がいい)に言わせると、そんな野蛮で低級な酒はそこいらでは売っていないという。韓国は食料政策で米を加工してはいけない法律が随分と長くあった。最近になってやっと加工が許され、めでたくマッコリが市場に出回るようになった。本来は農夫が畑作業の一服に飲んでいた酒という。シーバスや高級焼酎を置いてある免税店で、マッコリがあるかと聞くと店員は嫌な顔をしていた。そんなもの飲むなよと言わんばかりに。
かみさんの実家でこれに近い酒を飲んだことがある。岩手の沿岸部だが地元の人の密造酒という。おりが酷いが、甘くて発泡していて飲みやすかったのを覚えている。最近は濃厚なものが流行だ。ラーメンでもそう。酒は?
にごり酒は湯のみで飲むのが良い。つまみはあまりいらない。ぐびっと飲んで、ちびりちびり。
Maker's Mark
しばらくウイスキーは美味しいとは思えなかった。酎ハイやビール一辺倒だった。大学入学したてのとき、親父からもらったリザーブを神谷(同級生)の部屋に差し入れしたら、”こんな高い酒!”と驚いたようだった。そう、当時は酒税が高くリザーブはもちろんレッドやホワイトまでがとても高かった。シーバスが確か1万近かったと思う。当時の値段でロイヤルサルートが買える。この高いリザーブが美味いと思った記憶はない。当時の僕らは、飲みやすい、濃い、強いしか酒を表現できなかった。
姉貴の再婚相手も酒が好きだった。この兄貴が飲ませてくれたのが、メーカーズマークだ。甘く、まろやかで、香りが抑えられた酒だった。そう、初めてウイスキーを味わったのだ。兄貴の兄さんもこの味に早くから気づいて輸入しようとしたらしい。素人のやることだから時間がかかっているうちに明治屋にやられたと言っていた。
僕はウイスキーに種類があることは知っていたけど、正確にバーボンとスコッチ、モルト、コーン、テネシーなど区別できなかった。メーカーズマークの体験は、ビール一辺倒だった僕から酒の世界を広げてくれた。しばらくマークを飲みつづけると他の酒との区別がつくようになる。方端からウイスキーを飲んだのは博士課程に進んだ頃からだ。モルトウイスキーの多さに諦めて、バーボンを選んで飲んだ。特別研究員になったときには喜んで、ゴールドトップとVIPを両方買った。こうした酒をガンガン飲めた環境が仙台にはあった。やまやの存在である。いまや当たり前になった酒のディスカウントショップである。この店のすごい所は、安いだけでなく品揃えが半端でないこと。レモンハート(漫画)で紹介された酒はほとんど全部ある。中国のねずみや蛇が入った酒まで置いてある。これらがとにかく安かった。
メーカーズマークにはSと☆とIVのマークが書いてある。Sはバーボンのサミュエルズ家、IVは4世、☆は蒸留所があるスターヒルファームを表している。ブラックトップは5代目が自ら作り上げた酒だけど、IVが記してある。この蒸留所は国の国定史跡に指定されている。メーカーズマークの特徴は少量生産と樽のローテーションを行っていることだ。味が均一になるのだ。この味に魅せられてレッドトップはもちろん、ブラック、ゴールド、VIPと飲んだ。飲んでいないのはケンタッキー限定発売のKEEN-LANDだ。このチャンスを狙っている。
津波研究室に滞在している同年齢のアンディにバーボンは好きかと尋ねた。彼いわく、そんな脳みそが腐る酒は飲まない。そう、アメリカでは禁酒がブームでインテリはほとんど酒を飲まなくなった。泉先生の言う通り、AITで食事しながらビールを飲むとアメリカ人は変な顔をするし、彼らは水を飲む。この辺はヨーロッパの方がおおらかだ。シアトルから来たアンディはサイダーが好きだという。日本でいうシードルのことだ。英語ではアップルジャックという。アルコール分がぐっと控えられ、そう酎りんごみたい。軟派な酒だ。そう、バーボンは日本の焼酎と同じで、いやもっと身分は下かもしれない、大衆のものとはかけ離れてしまったようだ。
それでも! バーボンを使ったカクテル、ミントジュレップがアメリカの味噌汁と未だに言われたりするのをみると、ケンタッキーでは良く飲まれているのかもしれない。あいにく南部出身の友人がいないので、本当のところはわからない。
下町のナポレオン いいちこ
卒論を書いているとき、朝9時位に帰宅する生活を送っていた。理学部の研究室に居候していた身で人工衛星データの受信解析装置を使わせてもらえるのが、午前1時から6時までだったからだ。それからデータを本当の研究室に持って帰って7時に澤本先生に見せるのが日課だった。朝帰ると日が昇っており熟睡できない。そのときの寝酒がいいちこだった。当時750mlが600円位だった記憶がある。これをお湯やお茶で割って飲んでから、いや飲みながら布団に入った。割って飲むから日持ちがいい。5日位で一本位だったような気がする。
いいちこは価格とアルコール度数からコストパフォーマンズが良いだけでなく、飲みやすいさと次の日に残らない良さがあった。九州は焼酎の産地だ。福岡に行ったとき、佐藤道生が鹿児島の芋焼酎を買ってきた。香りがきつくて飲めなかった。いまなら大丈夫だけど、たぶん泡盛に似たものだったのだろう。乙類の焼酎はこの傾向がよくある。茅台もそうだけどあの独特の香りを楽しめるようになるには相当飲みなれる必要がある。その点、いいちこは癖がなく、入門酒だ。甲類よりは香りがあるが、ほとんど無いに等しい。麦焼酎のせいかもしれない。大分ではもうひとつ有名な二階堂酒造が出している麦焼酎の吉四六がある。これも飲みやすい。
このいいちこをがぶがぶ飲む時期があった。なんとバンコクに居たときだ。バンコクには数多くの居酒屋がある。オーナーは日本人だったり、タイ人だったり様々だ。トンローにある”こころ”に一時期よく通った。森下先生や岸先生と食事がてらによく行った。タイの居酒屋で日本酒を飲む人はまれだ。多くはビールか焼酎ということになる。輸入したものは高すぎるのだ。いいちこが確か1000バーツ位だった。(1バーツ=約3円) そんなことだから日本酒なんかはとても飲めない。タイ産のビールで十分となる。上の3人で飲むと飲みすぎる。大抵酩酊状態になる。だけど二日酔いにはあまりならなかった。なるのはその後カラオケに行って、水割りを飲んだときだ。
いいちこも美味しいと思ったことはあまりない。コストパフォーマンスの良さで飲む。また、何か他の香りを楽しみたいときに良い。カクテルのベース代わりだ。昔、札幌ソフトという焼酎があった。今もあるかもしれない。これは酷かった。大学1年の時、これを吐くために飲まされた。味がまずい上に度数も高かった気がする。最もこの頃は、酒の味がわかるわけでないので、本当は美味しかったのかも。価格は酷く安かったけど。
いいちこは、僕にとって昔を思い出させるノスタルジックな酒なのだ。
ジン アンド イット
カクテルを飲むときは困る。気の多い僕は、とにかく何でも飲みたい。だけど財布の中身は制限がある。さぁ、どうする!
本当に困る。沢山飲むならロングだし、かっこよくショートもいい。変わったやつで注目させたいし、珍しいすぎるとバーマンが作れないこともある。女の子と一緒のときはなおさら力が入る。いよいよ迷う。注文できない。あああーーー。 そういったことがずーっと続いた。
カクテルの存在を知ったのは、スキー部一つ上のグルマン塚田さんからだ。塚田さんは自分の部屋に呼んでカクテルを時々作ってくれた。その時教えてもらったのが雪国。山形の井形計一氏が作った。山形の井形ということで覚えやすい。大学1年のときにこのカクテルを飲んだ経験があるが、さっぱり覚えていない。覚えているのは塚田さんのシェイクする姿だけ。大学1年のときに飲んだ酒の印象は大変薄い。これもスキー部のせいだ。
カクテルは就職してからよく飲む。食後をバーで一杯っていうのが多い。その時も僕はそわそわして落ち着きがなくなる。何を飲めばよいかわからなくなるからだ。昔、ファミリーレストランで母親によくしかられた。そう、注文が決められないのだ。優柔不断なのだ。
それでも、最近は最初ジンアンドイットで始めることが多い。マティーニほどツッパってないし、メジャーってわけでもない。飲みやすい。イットはイタリアンベルモットの略だとか。レシピはマティーニと同じだが、ベルモットを辛口でなくて甘口を使う。マティーニの祖先とも言われている。
修士2年のときだったと思うが、BAの機内で飲み物のメニューの中にベルモットを見つけた。日本語のメニューでベルモットと書いてあった。これをスチュワーデスに頼むと、理解してくれない。べとルの発音がおかしいのかと強調していうが通じない。汗が吹き出てくる。しょうがないから英語のメニューを見せようと裏をめくると、vermouthとある。そうベルモットは英語ではバーマウスの方が近い。
ベルモットはイタリアのマルティニ社がだすチンザノロッシが有名だ。ほとんどのバーマンがこれを使う。ベルモットはリキュール類に入り甘口だ。これをロックで食前酒に飲む人も多い。僕も一時期真似て飲んだ。しかし長続きはしなかった。やはりあまり甘いのは酒としてふさわしくないようだ。かといってチャーチルみたいにエクストラドライマティーニなんかを飲む気にはなれない。何事も中庸が一番。
(チャーチルはマティーニを好んで飲んだ。執事にベルモットを飲ませてジンを注いだグラスの上でマティーニとささやかせる。この声が大きいと甘口になるという。)